敵は魔術師、ならば―――魔術が使用された痕跡を辿ればたどり着く。
 
 衛宮切嗣の捜索を開始した当初、ジョナサンはそう考えていた。だが見つからない。魔術師であれば使用するであろうタイミングに、使用された形跡、魔力の波動を一切感知できない。困惑していた、まるで、亡霊を相手にしているようだ。これまで撃退してきた執行官とは、一味も二味も違う。自己顕示欲が無いのか、無駄な魔術行使を控えているというより―――魔術そのものを使っていない様だ。たまに強力な波動を感知して現場にたどり着くと、其処には何の意味もなさない投影品が消滅しかけている。恐ろしく巧妙な相手だ、未だに塒どころか足取り一つつかめない。確かなことは息子が三人殺されたことと、部下の三分の一が始末されたことだけだ。気が狂いそうだった。今この瞬間にも、デスクの下の暗がりから銃弾が飛んでくる気がする。振り返らねば見えない背後から、闇色の男が這い出る様を何度も夢に見た。眠れない。それがジョナサンの精神を限りなく崖っぷちまで追い詰めていた。
 
 皮肉なことに、狂気は自己暗示を増大させ魔術の効果をより深くする。これまでに無いレベルにまで、ジョナサンの魔術は昇華されていた。攻性魔術としては、天才と噂される蒼崎の次女に並ぶほど。協会に在籍していた当時、彼は一つの実験を行っていた。クレアボイアンス(透視能力)を使用した、遮蔽物越しの遠隔発動実験だ。対象は―――あくまで一般人だけに絞っていた。魔術を他人に教える必要などなく、切り札を見せることは自殺行為に等しい。それが、魔術師達の頭に第一にある。無論ジョナサンもその教えに忠実であった。長男に本当の切り札を教える時は、自身の寿命が来た時だ、とも。
 
 彼は彼なりに、魔術師の愛し方で息子たちを愛していた。もう、自身の術を伝える事ができるのは、末弟のエリックしか居ない。これはローデス一族に伝えられる神秘、他の弟子や部下に教えることなど、もってのほかだった。
 
 焦れていた。こちらの手はそのことごとくが読みきられる。ぞっとした、どれだけの場数を踏めば此処まで冷徹に戦力を削り取れるのであろうか。早々と逃亡した者達も居る、それも無理は無い話だ。毎晩の様に誰かが居なくなる。そしてその誰かが、ゴミ袋に詰めて街角に捨ててあるのだ。一人の人間の仕業では無いのか、そう疑ったこともある。だが、複数であろうと単独であろうと、尻尾を掴まないことにはどうにもならない。ジョナサンは焦れていた。
 
「ボス」
 
「言え」
 
 部下が電話機を差し出した。視線で何かを問う、どうやらタレこみらしい、今では藁にも縋りたい心持だ。何か有効な情報が欲しい、そう思って受話器に耳を当てた。
 
「―――何か」
 
『ダグラス・ディーダーってモンだ、魔術具の業者をやってる、実は―――』
 
「セールスならお断りだ」
 
『うるせぇ、死にたくねぇなら黙って聞け。―――衛宮切嗣が透過式徹甲弾を購入した、マガジン二つ分だ』
 
「―――」
 
『……その様子を見ると、心当たりがあるようだな。せいぜい気をつけな。―――ああ、そうそう。ネタが幾つか情報屋のほうに上がっている、気になるなら当たってみるんだな』
 
 それだけ言うと、受話器を叩きつけるような音と共に通話が途絶えた。しばしの間、ジョナサンは無言で電子音を聞き続ける。唇の端が、かすかに持ち上がった。どうやら相手は正面からの魔術戦を狙っているらしい。
 
 愚か者が、このジョナサンに勝てると思ったのか。
 
 かすかな笑いは徐々に哄笑に変わっていく。勝利を確信し―――ジョナサンは後継者の問題に思考を切り替えた。
 
 まだ、エリックが居る。娘も一人居る―――
 
 当てにしているエリックがとうに死んでいることも知らず、ジョナサンは久方ぶりに気を緩めていた。彼にとって不幸だったことは、部下に警察や軍部の出身者が居なく、彼自身も世間一般の情報公式に疎いことだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

                「A good & bad days 6.」
                  Precented by dora
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 ―――ため息を吐きながらダグラスは受話器を下ろした。
 
 これでよかったのか、と、目の前の男に視線で問う。無言の肯定と、差し出された札束を不本意そうに見つめた。
 
「―――お前、使わない気か?」
 
 今回の仕事は特に気に入った出来だったのだが、と、こぼすと。
 
「今回は使わない、使うのが勿体無くなった」
 
 と、切嗣は笑いながら言った。
 
 それにしても、と、ダグラスは呆れたように札束を見つめる。
 
「執行官ってのは、儲からない商売のはずなんだがねぇ」
 
 お前みたいな奴は特に。と、人差し指を突きつけていった。切嗣はそれに銃口を被せると、ちょっとした手品みたいなものだ。と言って笑った。デスクの電話が鳴る、胡乱な目で切嗣を見ながら受話器を取った。
 
「ハロー?」
 
『其処に衛宮はいるか?』
 
 渋面が渋面を通り越してしかめっ面になる。どいつもこいつも、此処を電話の交換台か何かだと勘違いして居やがる。クソッタレめ。と、心の中で毒づきながら、無言で受話器を差し出した。
 
「またお前宛だ」
 
 歪な笑みを頬に浮かべた切嗣が受話器を受け取る。
 
「もしもし、僕だ」
 
『衛宮か、三番街の教会でエリックをマグロに変えた』
 
「確認した」
 
 短いやり取りで、電話は切れた。じろり、と、ダグラスが切嗣を睨む。
 
「てめえ、俺の作った弾使わずに何人仕留めた」
 
「使ってるさ、アレは使う必要が無かっただけだ」
 
 指を三本たて、今のは四本目だ、と言った。
 
「電話を貸してくれないか?」
 
「家は電話ボックスじゃないんだがな」
 
「硬いことは言うなよ」
 
 無言で電話機を押し出した。手馴れた動きで、細く長い指がダイヤルを回す。相手はすぐに出た。
 
『ハロー?』
 
「ネタがある、買わないか」
 
『どんなネタだ』
 
「ジョナサンから十万はふんだくれる」
 
『モチロンUS$だな。買ったぜ、五万でいいか』
 
「ああ、四男のエリックを殺ったのは南雲光一って代行者だ。一味の内通者を一味もろともに抹殺するつもりだったんだろう。魔術は使用しないし黒鍵も無い、使用しているのは銃器、外見は四十台の東洋人、パーマのかかった髪に髭、背は六フィート半、灰色のコートを愛用、スリーブホルスターにガバメントを仕込んでいる」
 
『―――ヘイヘイヘイヘイ! もう少しゆっくり頼むぜ!』
 
 向こう側では必死にメモを取っているのだろう、声は大きいが、それほどの切迫感は無い。速記は情報屋のたしなみだ。
 
「人の電話からなんだ、料金を気にする奴なんでな」
 
 この言葉にダグラスは目を剥いた。人をなんだと思っているのか、これぐらいはさっきの仕事料の内に入れておいてやるつもりだったが―――気が変わった。
 
『オーライオーライ、まだあるか?』
 
                        ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「ああ、得意なのは狙撃だ。近距離からの銃撃戦にはめっぽう弱い。―――以上だ」
 
『振り込んでおくぜ』
 
「ああ」
 
 チン、と澄んだ音を立てて受話器が置かれる。
 
「それが手品か」
 
「そんなところだ」
 
 あきれ返ってダグラスは大きなため息を吐いた。
 
 
 
 
 
 
 ―――視線を感じる。その方向に目をやると、動きが不自然な男が幾人か居る。リストに載せた男も、二人混じっている。思っていた以上に迅速だ、しばらくの間、何かを探すように歩き回る。どうやら尾行についているのは六人の様だ。後ろだけではない、前方も二人が抑えている。なかなか高等なテクニックだ、徐々に包囲の輪が迫って来ている。南雲は不敵に笑うと路地へと入り込んだ。尾行といえば探偵の十八番、それを奪われるほど腕を錆び付かせた憶えはない。角から角へ、相手が見失わない速度で曲がり角を曲がる。四つ目の角で壁に張り付いた、懐から、COLT ガバメント M1911A1を二丁引き出す。45口径の短銃身が鈍く光った。上手い具合にコンクリートの柱がある、そっと体を其処に落ち着かせた。何故か―――無性に煙草が欲しくなった。足音が近付いてくる。誘われていることに気がついたのだろうか、足音は慎重に近づいてくる。時間に猶予があるようだった、足場を確認する、悪くは無い、マネキンの足が落ちているのを見つけた。靴を片方脱ぎ、次の角まで走る。足音は完全に忍ばせた、爪先を、角から僅かに除かせて柱の影に戻る。いったんは抜いた銃を仕舞う、この距離なら素手でもいける、そう踏んだ。近付いていた足音が止まった、靴に気がついて警戒しているのだろう。ゆっくりと影が伸びてくる。まず銃口が、次に視界に手首が写った。
 
 まだだ。伸ばし腕がじれったいほどゆっくり視界を流れていく、つま先が見えた。まだ早い、鼻が見える。青い瞳が―――瞬間、南雲は動いた、相手の右脇の下から左肩にかけて腕を伸ばす。驚愕に、硬直した膝を後ろから踏み抜いた、半回転させて左手で銃を抜く。先頭の二人、咄嗟に敷いた盾に硬直している。撃った、狙いは眉間。結界破壊の呪が幾重にも刻み込まれた銃身から弾丸が吐き出される。ぼ、ぼ、と、立て続けに間の抜けた音がした。二人が倒れる前に、盾にした男を踏み倒した。右手にも銃を、死体になった男を思い切り蹴りつけ、三・四人目の額にポイントブランク、路地の壁に赤い花を咲かせて三人、最後尾の男が撃った。ガンドか、動揺している割に狙いは正確だ、頬を掠めていった熱気に、細く血しぶきが舞う。良い威力だ、高濃度に濃縮された呪いは物理的な損壊能力すら持つのか。歪んだ笑みが南雲の顔を彩った。脳震盪、視界がぐらつくのを無視し、確認した座標に銃口を向ける。前と後ろ、体を開いた。激発は同時、あわせて六輪の華が路地を彩った。
 
 それは―――僅か三秒の間に起きた悲劇。
 
 
「―――最後の審判は訪れる、願わくば此の者たちが地獄に堕ちん事を。A−men」
 
 
 十字を切って歩き出す。拾い上げた靴を見て嘆息した。爪先に先ほどのガンドが直撃したのか、前半分が無い。
 
「―――Fuck.」
 
 悪態を吐きながら、南雲は壊れた靴に脚を通した。
 
「くそったれ、風通しが良いくせに水虫になりそうだ」
 
 ちりちりと呪いの残滓が脚をなぶる。不快な感触に悲しみを覚えながらも、履くものが他にない。
 
「くそったれめ」
 
 もう一度、悪態を吐いた。
 
 あと―――四人。
 
 
 
 
 
 
「ええと」
 
 イレーネは困惑していた。渡されたリストにはナタリーの名前が載っている、これをどう判断するべきか―――
 
 立ち塞がるものは切り捨てる主義だが、そうでないものまで殺す気は無い。むしろ、衛宮のイイヒトであろう彼女を切るのは自殺行為に等しい気がした。それは時限爆弾のスイッチを入れるようなものだろう、それも、解除の出来居ないとびっきりの奴だ。
 
「―――ほっとこう」
 
 しばし熟考した後、触らぬ神にタタリなし。という結論に落ち着いた、恐らくは一番無難だと思う。
 
 
 

 ―――するするとロープを伝って降りる。魔術師というのは、自身の工房には進入防止の結界を念入りにかける。だが、出先では其処までのことはやりにくい。
 
 女の所にしけこんだ一人を、イレーネは追って来た。床には確かに侵入感知の網が張り巡らされている。アマチュアだ。そう思った。本当にプロならば、天井裏にも気を配るだろう。そこまで気が回らない辺りが、魔術師の魔術師たる所以なのかも知れない。
 
 ―――必要なのは本質を如何に速く見抜くか。それが魔術師同士の戦闘では物を言う。それがセオリーだ。
 
 逆さにぶら下がったまま、イレーネは剣を突き出した。眼窩から脳へ、切っ先は容易く侵入し男の人間としての活動を止める。よほど激しい交わりだったのか、女はどれほど男が痙攣しても目を覚まさない。
 
 詰まらないと思いながら―――イレーネは男を細切れに変えた。感知結界が切れるのを認識、血の海に降り立つと、流れたそれを踏まないように鏡台の前へ。鬘を被り、眼鏡をかける。部屋の持ち主の衣装に袖を通すと、何食わぬ顔で表に出た。疑うものは居ない。
 
 しかし迂闊な男だった。そう思いながら彼女は鬘を放り捨てた。
 
「―――Fire.」
 
 小さな音を立てて鬘が燃え尽きる。証拠を焼き捨てると、イレーネは朝食を取りに喫茶店を目指した。
 
 残り―――三人。
 
 
 
 

 敵は魔術師、ならば―――魔術が使用された痕跡を辿ればたどり着く。
 
 ジョナサン・ローデスは完全に追い詰められていた。亡霊を相手にしているようだ。これまで撃退してきた執行官とは、一味も二味も違う。自己顕示欲が無いのか、無駄な魔術行使を控えているというより―――魔術そのものを使っていない様だ。たまに強力な波動を感知して現場にたどり着くと、其処にはただ部下だったものの血の海が広がっている。恐ろしく巧妙だ。確かなことは息子が四人殺されたことと、後継者候補がたった一人に減ったことだ。それも、完全に成人している。魔術刻印を受け継がせるのは、不可能かもしれないとジョナサンは思った。
 
 情報戦で完全に敗北している。此の段階にいたって、ようやく此の町に居る全ての情報屋は相手に把握されていると、認識した。もはや如何なタレこみも信用は出来ない。頭を掻き毟った、少なくなってきた頭髪がごっそりと抜け落ちる。それが、焦燥感をいっそう強めた。外に出れば殺される。待ちの戦法しか出来ない。見えざる暗殺者の影がジョナサンを蝕む。
 
「ひ、ひひひひひっひひいいいいいいい!」
 
 遠くから聞こえる狂気の笑い。
 
 それが己の喉から聞こえる物だと、ジョナサンは気がつくことはなかった。
 
 〜To be continue.〜
 







戻る